出る杭を伸ばす

娘が、オルタナティブスクールに入学することが決まりました。

すでに在学中のメンバーのお母さんたちとお話させていただくと、小学校入学前からいろいろな可能性を視野に入れていて、選択肢の先にあったスクールを選んだという印象。各地のスクールを見学しながら、親の仕事などふくめてた圏内でうまくマッチングした場所にたどり着いている様子でした。

中でも印象的なのは、それぞれの家族が子どもの意志を尊重しているということ。
そもそもスクールのモットーとして「本人に通う意志があること」を確認する項目があることから、親の意志だけで決めることはできません。子どもの可能性を信じながら夫婦や家族全体でバランスしていこうとするあり方を見て、私たちも、家族それぞれの意志や希望をすり合わせながら、その時々の最善をめざしてやって来ていることを実感しました。
生き方、子育てには正解がなく、それでも自分や自分たちが「どう生きるか」を真剣に悩み考えながら、その時々のより良い選択をしていく。そこには覚悟があり、子どもや命をとり巻く優しいまなざしがあるのだと感慨深い思いがします。
私たちの選択を理解・尊重し、応援してくれた方々には感謝しかありません。

体験入学の最中、スクールに送りに行く朝、車の中で突然娘が「ママはさ、子どもの頃の疑問を大切に生きてきて、すごいね」と言い、私は内心飛び上がるほどの喜びでいっぱいになりました。
とっさに「ありがとう!でも、ママの周りにはそういう大人がたくさんいるよ」と言うと、娘は思いをめぐらすように少し考えて「そっか!それってすごいことだね!」と目を輝かせました。

子どもの頃からの疑問。

それが何で、どう大切にして来たのかは、もはや生きながら昇華し続けてもいて、日々の中で私なりの正解(のようなもの)を見つけ出してはいるものの、決してそれが大道ではない困難に溢れたものであったことからも、それを娘なりに理解して言葉にしてくれたことは、私にとって感動そのものなのでした。

なぜ生きてるんだろう?
なぜ同じ人間同士、分かり合えないんだろう?
なぜ学校に行かなきゃいけないんだろう?
なぜ伝わらないんだろう?
なぜ、なぜ、なぜ…?

答えは全て、自分の中。
その答えを見つけ出すために、自分以外の人の存在が、必要なのですね。

凸凹で不完全な「私」という存在の、その突出した個性を活かしあって、みんなで生きていく時代です。