2020
03.03

引き出す力

コラム

「引き出された」という感想を受けて、思い起こしたこと。

表現すること、伝えること、放つことの、心地よさや喜びを知っている。
そして誰かのそれに、納得したり感動したりする。

SNSは、そうやって自己表現の機会を生んだし、正しく使えば民主主義に貢献もする。何より若かりし頃の私は、自分を自由に表現する場所を強く求めていた。たとえ世間や他の人たちとはちがってたとしても、私の持論や私の方針、理念のようなものを大切にしたかったから、mixiやTwitterを使う子どもたちが羨ましかった。そして、未来に希望がうまれた。

それとともに私にはもっと、強い力があることがわかってきた。
それは言葉にすると、関心や興味。
私が私として表面化する主義思考を解放したいという思いの奥には、分かって欲しいがあって、その先には繋がりたいという欲求があった。
その欲と同等に、相手や他者という「私とは違う物事」に対するシンプルな好奇心があった。

私にとっての既知と未知に出会う歓喜と、それを「分かち合いたい」という願い。

「アウトプットする力の方が見えやすいし、わかりやすいから、評価の対象になりやすい。けれど、引き出す力、受け止めたり受け容れたりする力は、見えないけれどとても大きな力だ」という友人の励ましを、思い出す。

私には、受け止め、受け容れる力がある。
そう、言い切ってみることにします。

写真は、江ノ島のイルミネーション「湘南の宝石」。