2019
01.21

海のある街に暮らす夢

コラム

引越しまで日が迫っているのだけど、実感がありません。

でも、もしかしたら引越しすること・した後のことをイメージしすぎていて
もうすでに気がそっちに行ってるのかも。

海の近くに住む、ということをちゃんと意識したのは、5年前くらいかな。
まだ、結婚する前のことでした。

とはいえ、その時は「海の近くに住む」という漠然とした憧れがあるだけで、現実的には何もかもゼロの状態。

自分を強く動かす何かがあったわけではないけれど、今に満足しているわけじゃない。

「明日死ぬとしたら、どうする?」
そう自分に問いかけてみたら、唐突に「葉山あたりに、住んでみたいな」と思った。

とりあえずそれを現実にしてみてからでも「やっぱり違った」とか「もっとこうだった」とか軌道修正すればいい。そう思うけど、現実的じゃないとか、行く理由がないとか、行けない・行かない理由を自分の中で掘り下げていたら、「周りを幸せにしてから(自分を自由にする)」という思いがあることに気づきました。

それに気づいたと同時に、現実がどうであれ、心が動くことに向かってエネルギーを注ごうと葉山や鎌倉、横須賀あたりの物件をいくつも見て、夢をふくらませていました。

それでも地図上ではあまりにも離れているし、まったくの未開の地。
しかも単身者向けの物件はあまりなく、ファミリー向けばかり。

さすがに相模湾よりは東京湾側が現実的かな、なんて金沢区の物件をふたつほど、実際見に行きました。

そうこうしているうちに、友人と再会して結婚し、上京することになり、妊娠した時に行った産婦人科が金沢区にあった池川クリニック。

クリニックに向かうバスから見たのは、約1年前、物件を見に行く時に通った横須賀街道で、ここで繋がるのか!と驚いた。その時々はただの思いつきでも、行動の意味や理由は、後からついてくる。

そういえば友人(夫)は、ずっとずっと前に「玲子さんは、ずっとここ(東北)にいる人じゃないと思うよ」と言っていた。
当時はポカ〜ン?だったけど。

妊娠中、毎月検診に通ううちに私にとって金沢八景や逗子のあたりは行き慣れた場所となり、3人でドライブするのはもっぱら伊豆・小田原・三浦半島と、相模湾あたり。

2015年12月、娘はじめての海。

2016年7月

2016年9月

2016年12月

2017年9月

2018年1月

そもそも、葉山あたりをいいなぁと思ったのは、10年前、東京から田舎に帰ってまもなく、映画で見て興味が湧いたこと。

それから、はじめてセラピーでイメージワークをした時に、海の近くの家で、とても穏やかな気持ちで過ごしている自分が見えたこと。その時は雑誌か何かで見たとか、小説で読んで自分でイメージした憧れの風景かなにかかと思ったけど。

そして、テラスハウスで湘南が舞台だったこと(急にミーハー)。

そんなところだけど、イメージワークの時の心地よさが体感として残っていると同時に、自分ひとりでその家にいた記憶(イメージ)も残っていて、今回いざ引越しを決め、夫も娘もついて来てくれるとなった途端、急に恐くなったりして。

当然、仕事や生活が一変する夫にとってもいろんな変更や変容が迫られるわけで、理想を共有するというよりは、私ひとりの勝手な憧れにつきあわせるのでは、と罪悪感が湧いてきたり。

「もしかして、あの家にはやっぱり(イメージ通り)一人で住む事になるのかも…」なんて想像しては、あの頃よりずっと理想的となった「家族と一緒に、海の近くに住む」という現実をどこかで拒んでもいる自分。そしてこんなにも夢を叶えるって恐いんだなぁ、と冷静にながめる自分。

いまや夫も、これから先を描きながらようやく自分に立ち戻ったような、満足げな面持ち。
娘も「いつ、あたらしいおうちにいくの??」と待ち遠しそう。

それぞれの夢を、もっともっと叶えていくための、終わりと始まりです。

きっといろんなことが、あるだろうな。
それも全部、ワクワクします。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。